「こんなことを言ったら、あなたに殺されちゃうかもしれないけど、私、転職が決まりました」
あるミーティングでの営業マネジャーの突然の告白に僕は頭が真っ白になった。一瞬ののち、平静を装いながら、彼女の話を聞いた。彼女は何度も「この組織が好き」「何の不満もない」と繰り返しながらも、新しく仕事が決まった世界有数のNGOへ挑戦するということを強い決意をもって話してくれた。3年間ずっと一緒に格闘しながら営業を伸ばし、組織にいつも笑顔をもたらしてくれていた女性からの告白だった。
「本当にあと3年以上はかものはしで働くつもりだった」
「でもまさか叶うと思っていなかった、クリスチャンとして働けるNGOへの就職という夢がそこにある」
「また新たなチャレンジ、新たな経験をしたい」
それを聞きながら、僕は率直に言って「裏切られた」とか、「この人だけは絶対にすぐに辞めないと思っていたのに」という自分勝手な気持ちを抑えるのに必死だった。
「なぜこんな急な辞め方をするんだろう」という怒りとか「どうせ辞めるなら、今まで本当に二人で時間を尽くして議論したりトレーニングしたのってなんだったんだろう」という悲しみに支配されそうになった。
しかし、同時に「あ、これはもう引き留めてもムダだな」とも思ったのだった。
やはり平静を装いながら「ショックだけど、君が新しいチャレンジを応援する」と何とか伝え、逃げるようにしてミーティングルームを後にした。
カンボジア人が職場に求めるもの
今回の辞職について、まさに寝耳に水といったかたちで仰天してしまった。しかしよくよく考えてみると、僕自身カンボジアで働き始めて5年目になっており、その間も本当に多くのカンボジア人スタッフとの出会いや別れがあった。
短ければ数ヶ月、長くても2,3年でスタッフが辞めることは別に珍しいことではない。もちろん5年以上働いているスタッフもいるが、多くのカンボジア人は「給与」「新しい経験」「トレーニング」などと様々な理由をあげ転職していった。
特にカンボジアにきて最初驚いたのが、
「3年以上も同じ職場の同じ肩書きにいては、良い経験が出来ない。それ以上は続けるべきではない」
と考えているカンボジア人が多かったことである。実際の仕事の中身・仕事環境の変化というよりも、肩書きやスキル名を気にするというのも最初は新鮮な驚きだった。さすがに1年以内で良く辞めているようなCVではカンボジア人にも好かれないが、「経験」という言葉で軽々と組織を飛び越えていくカンボジア人達を最初は理解出来なかった気がする。
この2年ほど、退職者が少なかったのですっかり忘れていたこの苦々しい感覚。正直油断していたというところだろうか。
しかし、1日たってあらためて考えてみたときに、自分の心にわき上がってきたのは
- 彼女が夢をつかんだというのは本当に喜ばしいこと
- 彼女が成長し、またカンボジアの人のためにその力を発揮しようとしている。その成長に関われたのは、かものはしが、そして僕自身がカンボジアのために貢献できたということでもある
という思いだった。こう書くとええかっこしいな感じだが、そう思うことで自分の気持ちに整理を付けたかった面もあったのかもしれない。
「あなたは本当に良いマネジャーだった」
じつは同時期に辞める財務担当のスタッフがいたのと、着任するインターン生がいたため、急遽その週にバーベキューを開くこととなった。そして、そのバーベキューは僕にとって一生忘れられないものになったのだった。
営業マネジャーの女性が、号泣してしまったこと、ずっと一緒に仕事をしていたインターン生も同じく号泣していたこと、それもある。
しかし、どうしても忘れがたいのは、辞職するスタッフに入り口に呼び出されて言われた次の言葉だった。
「私はこれまで3つのNGOや企業を経験してきたが、Kentaはその中でも本当に良いマネジャーだった。かものはしはいつもプロフェッショナルで、明るくて、前向きで良い職場だった。またいつかかものはしで働きたいと思っている。僕は事情があってやめるけど、これは本当の気持ちだ。」
という言葉だった。
どれくらい本当だったかはわからない。でも、どうしてもスタッフが辞めるということで自分の責任や限界を感じて自分を責めていた僕は、その言葉に色々なものを抑えることが出来なくなってしまった。
その後会場を後にした僕は、一人でバイクに乗りながら、号泣してしまったのだ。
後にも先にもバイクを運転しながら嗚咽をもらして泣くことはないと思う。
自分のやってきたことが間違ってきたわけではない。前向きな気持ちを持って働いてくれていたし、他のスタッフもそう思ってくれている。もちろん自分や組織の限界があって、人が離れていくことはあっても、一つずつ改善していけば良いじゃ無いか。
カンボジア人と働く上で大切な3つのこと
9月18日、営業マネジャーだった彼女から、既存スタッフに対してのFinal Presenがあった。(ちなみにうちでは辞める人によるFinal Presentation(組織に対するRecommendation付き。そして結構耳が痛いことも言ってくれる)+退職者インタビューを実施している)
またもや号泣してあまりプレゼンが出来なかった彼女だが、彼女がスタッフを愛して、そしてスタッフが彼女を愛していたことが再確認できた本当に素敵な時間だった。
今回のこと、そしていままでのことを振り返って、最後に3つのことを今後の戒めとしてまとめておきたいと思う。
- 一緒にいた時間で少しでもそのスタッフが成長できたのであれば、例えその人が辞めても、それはカンボジアの人のためになっているのだという信念と覚悟を持つこと。その気持ちは違う国籍の人であっても絶対に通じるということ
- みんなが新しい環境、キャリアにチャレンジできるような、向上心や志を持てる職場を作ること。そして同時に、一人の人が辞めたからといって決して傾くことのない強い組織を作ること
- 泣きながらバイクに乗るのは危ないので、一旦止めてから泣きましょう
みんなの新天地での活躍を心から祈っている。