2012年6月4日月曜日

「偉い人になれなくても社会で役に立つ人になろう」チャンレイの決意

かものはしでコミュニティファクトリーのガイドとして働き始めたばかりのチャンレイ。彼女の日本語学校の卒業式に、つい先日参加してきました。僕は嬉しくて、なんだか父兄にでもなったつもりで、沢山写真とムービーを撮ってしまいました。

特に感動したのは、仕事と勉強の両立で苦しんだチャンレイがなんと成績優秀者としてスピーチしたこと、そしてスピーチの中でカンボジアへ貢献する思いを語ったこと、最後のハナミズキの合唱。

大変素晴らしい卒業式で、思わずジーンと来てしまいました。そんなチャンレイはこれからコミュニティファクトリーのガイドとして、日本人のお客様をご案内することになります。

彼女が一刻も早く一人前のガイド、スタッフとなれるように一緒に頑張って行きたいと思います。今日はそんな彼女の頑張りを紹介したいと思います。
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左から山本校長、チャンレイ、青木


二度の涙

昨年の12月、チャンレイは日本語学校に在籍している途中で、かものはしプロジェクトの人材募集に応募し、沢山の候補者の中から選ばれました。選考を担当したスタッフはチャンレイの頭が良く真面目なところに惹かれて採用を決めた、と教えてくれました。

しかし、それからの数ヶ月は簡単な道のりではありませんでした。

元々日本語学校を辞めてかものはしで勤務するという条件で採用になった彼女、実は勉強も仕事も続けたい、と思っていたのです。

親は仕事を勧めてくる、学校は卒業まで日本語学習を続けることを勧めてくる、かものはしには働くと約束してしまった。。。でも、自分は勉強を続けて日本語をもっと上手に話せるようになりたい。

そんないくつもの思いに板挟みになり、身動きがとれなくなってしまいました。その悩みを相談されながら、彼女が本当に日本語を勉強したがっていること、みんなと一緒に卒業したいと思っていること、でもかものはしにも迷惑をかけたくなく本当に悩んでいることを知りました。彼女の涙からそれが伝わってきました。

そこでかものはしとしても、彼女の希望どおり勉強を何とか続けて欲しいと感じ、仕事の時間を調整し学校にも通えるようにしました。担任をされていた柳沼先生とも相談し、変則的に登校する特例を設けて頂きました。何とか勉強と仕事を両立して続けていこう、と約束したその2週間後、また次の事件が起きたのです。

チャンレイから、突然「仕事を辞めなくてはいけません」と相談があったのです。泣きながら話す彼女が言ったことは「勉強も大変だし、仕事も大変だ。どちらも中途半端になってしまっているのではないかと恐くなる。かものはしにも迷惑をかけたくないので、辞めさせて欲しい。」ということでした。

確かに2週間とはいえ、毎日朝から15時まで日本語をみっちり勉強し、日によっては夜11時頃までかものはしのお店で働いていた彼女。僕も、彼女が大変そうにしていたのは知っていましたが、そこまで追い詰められていることに気づいていませんでした。

僕の方からは「今は観光客も多くないので、少し勉強を多めにして、沢山学んで欲しい。きちんと卒業したら、そこから頑張ってかものはしのために働いて欲しい」と伝えました。また、再度山本学校の柳沼先生と相談し、調整することにしたのです。

それから2ヶ月ほど、チャンレイは仕事をどんどんと覚えながらも、日本語学校に通い続けました。そしてついには、成績優秀者として卒業することになりました。彼女が卒業式への招待状を僕のところに持ってきてくれたとき、なんだか自分のことのように嬉しかったのを覚えています。
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飲み会にてかものはしスタッフとチャンレイ


頑張り続けられたのは日本語が好きだっただから

チャンレイの生まれはシェムリアップ近郊の村。地元のチェイ小学校に通いました。その小学校には日本語教育を行っている方が在籍されており、チャンレイも小学校で3年間日本語を勉強しました。元々根が真面目で飲み込みの早い彼女は、そこで得た日本語の知識をムダにするまいと、高校を卒業した後、改めて山本日本語学校に入学し、1年間徹底的に勉強することになったのです。

山本日本語学校は1996年に開校し、それ以来熱心に日本語教育を行われ、毎年卒業生を送り出している素晴らしい学校です。卒業生はガイドになったり、ホテルで働いたり、日本語を使う会社で働いたりと様々です。授業は毎日朝から15時までみっちりあり、中には旅行会社での実習なども含まれています。
※詳しくはアンコールワットのツアー|カンボジア旅行サイト|カンボジアの見所 をご覧ください

彼女は、元々日本語を習っていたとはいえ、いままでに受けたことのない難しい授業も、きちんと予習・復習をして乗り越えました。

家が近く、小さな頃から彼女を知っている、かものはしのスタッフのオンは彼女は本当に小さな頃から真面目に勉強していたと言います。かものはしに応募する前にも、成績優秀者として日本の富山県に研修にいくほどでした。
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入善町で高校生に踊りを教えるチャンレイ(入善町広報誌より)


彼女に「何故そんなに日本語の勉強を頑張るのか?」と聞いたことがあります。
彼女は「もちろん仕事をして家族にお返しをするため。でもそれ以上に日本語を学ぶのが好きなんです」と語ってくれました。


「偉い人になれなくても社会で役に立つ人になろう」

そして2012年5月27日、とうとう卒業式を迎えました。ホテルの三階の大きな会場で行われた卒業式には地元の教育局の方から、カンボジア人の国会議員の方まで参列される大規模なものでした。生徒の数も多く、会場は熱気に包まれていました。山本校長先生の挨拶の後、来賓の方が挨拶され、いよいよ卒業生のスピーチになりました。

彼女のスピーチの映像を載せました。8分と長いのですがもし良かったらご覧ください。

※左側がチャンレイ。二人一組でのスピーチでした。

スピーチの中で彼女が話していた決意。それは今まで受けてきた親切を忘れずに、偉い人になれなくても、社会で役に立つ人になろうという言葉でした。本気で学んできた彼女が発したその言葉に、僕は鳥肌が立ちました。

彼女が行うコミュニティファクトリーのガイドという仕事。それは、ファクトリーで働く村の女性達をより輝かせる仕事です。ファクトリーにいらして頂いたお客様が、農村に出会い、かものはしを理解し、彼女たちに出会いその魅力に気づく、そんな体験を手助けする仕事です。そしてそれは、農村で貧困に苦しむ女性達の自立を助けるという社会に役立つ仕事なのです。

そう決意したチャンレイの思いに答えられるような組織にしたい。そして彼女自身が大きく成長し、思いを果たせるようにしたい。そのためにもコミュニティファクトリーに来て頂ける方を増やして、彼女のスキルをどんどん伸ばしてあげたい、と僕自身も決意を新たにしました。

是非皆さんも、チャンレイに会いにコミュニティファクトリーにいらしてください。そしてもし何か気になるところがあれば是非教えてください。皆さんの気づきが、チャンレイを成長させます。そしてコミュニティファクトリーで働く村の女性達をより輝かせるのです。

コミュニティファクトリーでお待ちしています。
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ファクトリーで働く女性たちとチャンレイ